今回、名古屋ハリストス正教会でのお話をうかがって自分たちのゼミとの深い繋がりを感じました。自分たちが研究している日露戦争捕虜と名古屋正教会ですが、1904年11月、松山から捕虜が移送され、東別院に収容されたのを始めとして続々と捕虜が名古屋に到着した。翌年1月に旅順が陥没すると、旅順守備隊の将軍たちが名古屋に送られてきた。東別院にいたフォーク中将と西別院にいた少将は相次いでイコノスタスを献納し、収容所でも捕虜たちが祈祷にあずかれる体制が整えられた。柴山神父は祈祷のみならず、祈祷に必要な物品の調達、葬儀の手配や捕虜同士の争いの仲介や脱走した捕虜に反省と謝罪を勧めたりと、きめの細かい慰問活動を行い、捕虜の信頼を獲得するに至った。捕虜にはかなりの行動の自由が認められ、市内を散策したり、祭日には名古屋協会に参祷して、日本信徒とともに祈祷することもあった。
今回名古屋ハリストス正教会を訪問させいただいて、興味深い当時の写真をかなりの枚数見せていただきました。今研究して行く上での参考資料はなかなか一次資料では研究が出来ないのが現状で写真を見せてもらった時は、言葉に表せない気持ちになりました。
まだまだ一次資料である写真を収集しているとのことなので、研究に行き詰ったときには一次資料に戻りたいと思いました。